つれづれ日記

思いついたことを気ままに書いていきます。

2014青春旅行~2014年3月29日~交通科学博物館その1

 さて今回こそは交通科学博物館(既に4月6日に閉館)のレポを書いていきたいと
思います。とは言っても私、管理人が印象に残っているところしか書きません。
何せピンからキリまで書くと膨大な量になってしまうので(苦笑)
 それでは行きましょう。
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最初に入って驚いたのがこれ。
こうはく(交通科学博物館)へのメッセージのようですがこんなにメッセージが
寄せられていました。やはり多くの人たちにとってこの交通博物館には
思い入れがあるのでしょう。
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いやあ、すごい数のヘッドマークです。
これみんなJR西日本管轄を走っていたブルトレのものですね。
ヘッドマークが展示されている中でブルトレとしていまだに現役なのは
トワイライトエクスプレス」しかありません。時代の流れは悲しいものです。
そして極めつけは北海道新幹線開業に伴い
臨時寝台特急トワイライトエクスプレス」も廃止が噂されていますが、
もしそれが本当であるならば、ヘッドマークが展示されているブルトレは全てなくなってしまいますね…。
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国鉄が所有していた実験用リニアモーターカーが展示されていました。
国鉄時代から既にリニアの技術はあったわけですね。
結局今のところ旅客営業まで
実現していないのはリニアは採算が取れていないということでしょうか?
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151系電車特急「こだま」のモックアップが展示されていました。
そーいえば、国鉄初の電車特急151系は名車でもあり迷車でもある(上り山陽本線瀬野~八本松間にある22.7‰の坂、いわゆる瀬野八を単独で登れなかった)
車両なのですが、実車が保存しているのは神戸の川崎重工ぐらいなんですよね…。
なんか勿体無いです。
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プレカリアートさんの記事でも紹介していた
戦時中の石炭増産を訴えるポスターも確認できました。
戦時中は旅行にも許可が必要だったらしいことも書かれていました。
もうね、これだけでも戦時中の日本は、現在の北緯38度線よりも北の国と
見紛うほどであったことを裏付けていますね。
戦時中の日本がいかに狂っていたについてですが
早川タダノリ『神国日本のトンデモ決戦生活』でも買って読もうかな、と思います。
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特急つばめのヘッドマークも展示されていました。
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ワットの蒸気機関(たぶんこれはレプリカ)も展示されていました。
思っていたよりでかいですね…。
 交通科学博物館レポはまだまだ続きますよ。
(続く)